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なぜ、七十歳でこのブログを書き始めたのか

私の名前は黒田銀次です。七十歳になりました。
大阪・浪速に住んでいます。朝は淀川の音を聞きながら散歩をし、昼は盆栽に水をやり、夜は静かに考えごとをする。そんな日々を送っています。

このブログを始めた理由は、「教えたいことがあるから」ではありません。
ましてや、「必ず勝てる方法」を見つけたからでもありません。

年齢を重ねるにつれて変わったのは、運そのものではなく、運との向き合い方でした。
その変化を、言葉として残したくなったのです。

若い頃の私と、ゲームとの距離

1970年代、私は大阪や神戸のパチンコ店に通っていました。
画面よりも音が重要だった、古い機械の時代です。
玉の動き、釘の癖、店の空気——そういったものを、身体で覚えていきました。

その頃、裏の麻雀にもよく顔を出しました。
小さな部屋、煙草の煙、熱いお茶と少しの酒。
あの時間が、人を見る目を鍛えてくれたと思っています。

後に、マカオにも行くようになりました。
バカラやブラックジャック、中国のハイローラーたち。
そこで学んだのは、「運よりも、規律のほうが長く残る」ということでした。

なぜ、今になって書くのか

若い頃は、書く時間などありませんでした。
遊び、観察し、失敗し、また遊ぶ。
経験は「いつか使えるもの」だと思っていたのです。

しかし今は違います。
経験は、急いでいるうちは姿を見せません。
立ち止まったとき、初めて言葉になります。

七十歳になると、賭ける時間よりも、間(あいだ)の時間が増えます。
その静かな間に、話したいことが生まれてきました。
騒がず、誇らず、約束もしない言葉です。

年齢が教えてくれたこと

若い頃、私は「コントロール」を求めていました。
計算、システム、規律。

今、私が求めているのは「明晰さ」です。

疲れているのに席に着いてしまう自分。
退屈だからという理由で、意味のない賭けをする瞬間。
欲が、興奮ではなく「焦り」として現れるとき。

私はもう「万能な戦略」を信じていません。
その代わり、人の行動パターンを信じています。
そして、決断と決断のあいだにある沈黙を。

このブログで約束しないこと

私は勝ちを約束しません。
幻想を売るつもりもありません。
「最強の攻略法」や「秘密のシステム」を語ることもないでしょう。

カジノが罰するのは、欲深さではありません。
罰せられるのは、待てないことです。

このブログにあるのは、助言ではなく、観察です。
結論の代わりに、間を置くこともあります。

経験について思うこと

助言は短い。
経験は長い。

経験は「こうしなさい」とは言いません。
「私はこうして、こうなった」と語るだけです。

長く遊んできて、一つだけ確かなことがあります。
本当の勝ちは、勝つことではありません。
立ち去るべき時を知ることです。

私は時々、こんな言葉で文章を締めくくります。

「今日は引き際が一番の勝ちだ」

もし、この考え方に共感できるなら、ここにいてください。
答えを探しているなら、きっと物足りないでしょう。

このブログは、カジノについて書いているようで、
実は——回転と回転のあいだにある、時間と忍耐の話です。