私はこれまで、数えきれないほどの「勝てるシステム」を見てきました。
麻雀でも、ブラックジャックでも、バカラでも、そしてパチンコでも。
紙の上でも。人の話の中でも。インターネットの奥でも。
そして正直に言えば——
その中には「実際にうまくいったもの」もありました。
時には、驚くほど長く。
だからこそ、私はそれらを信用しないのです。

老いたパチンコ打ちの覚え書き
私はこれまで、数えきれないほどの「勝てるシステム」を見てきました。
麻雀でも、ブラックジャックでも、バカラでも、そしてパチンコでも。
紙の上でも。人の話の中でも。インターネットの奥でも。
そして正直に言えば——
その中には「実際にうまくいったもの」もありました。
時には、驚くほど長く。
だからこそ、私はそれらを信用しないのです。

私は長い間ブラックジャックを遊んできました。
大阪のパチンコ屋から始まり、1980〜90年代のマカオのカジノ、そして今ではオンラインのテーブルにも座ります。若いころはカードを研究し、確率表を覚え、戦略について議論していました。しかし50年ほどこのゲームと付き合ってきて、今でははっきり言えます。

ブラックジャックはカードのゲームではありません。
――そして、その気づきがどんな戦略よりも多くを守ってくれた理由

若いころの私は、「今日はツイていない」という言葉を言い訳だと思っていました。負けた後に、自分の判断ミスを認めたくない人が使う言葉だと。
けれど七十歳になった今、考えは変わりました。
「自分の日ではない」というのは結果ではありません。状態です。しかも、大きな損失が出る前に気づくことができるものです。見るべき場所さえ間違えなければ。

――それは「騙し」だからではない。むしろ、あまりにも“よくできている”からだ。
私は長く遊んできた。
パチンコにボーナスもギフトも、派手なバナーもなかった時代を覚えているくらいには。
店に入れば、理由は一つ。打つか、打たないか。それだけだった。
インターネットが広まり、オンラインカジノに「ボーナス」という言葉が溢れ始めたとき、正直に言うと、胸は高鳴らなかった。
代わりに感じたのは、静かな警戒心だった。