
今でも、ふっと恋しくなる音がある。
勝ったときの音ではない。いや、もちろんそれも覚えている。玉がざあっと払い出される、あの金属の雨みたいな音。周りの人に「この人、今ちょっと運に選ばれましたよ」と知らせてしまう、少し照れくさい音だ。忘れたと言えば嘘になる。私は僧侶ではない。僧侶でも、あれだけ派手に鳴ればたぶん覚えていると思う。
でも、私が本当に懐かしいのは、その少し前の音だ。
老いたパチンコ打ちの覚え書き

今でも、ふっと恋しくなる音がある。
勝ったときの音ではない。いや、もちろんそれも覚えている。玉がざあっと払い出される、あの金属の雨みたいな音。周りの人に「この人、今ちょっと運に選ばれましたよ」と知らせてしまう、少し照れくさい音だ。忘れたと言えば嘘になる。私は僧侶ではない。僧侶でも、あれだけ派手に鳴ればたぶん覚えていると思う。
でも、私が本当に懐かしいのは、その少し前の音だ。

インターネットが生活に入り始めた頃、正直なところ、これが自分をまたカジノの世界に引き戻すなんて想像もしていませんでした。
2000年代の初めの話です。
動きは遅くて、どこかぎこちない。今みたいな派手なバナーもなければ、「今だけ」みたいな煽りもほとんどない。あの頃のオンラインカジノって、まだ試作品みたいな空気がありました。
それが今はどうか。
完全にひとつの産業です。速いし、スムーズだし、引っかかるところがほとんどない。
でも、長く付き合ってきて思うのは――
見た目は変わっても、中身はあまり変わっていないということです。
若い頃は大阪・難波でパチンコを打って、マカオではバカラのテーブルに立って、今は静かな部屋で画面を見ている。
場所はバラバラなのに、不思議と感じているものは似ているんですよね。

――「騙し」だから信用しない、という話ではないんだよね。むしろ逆で、出来が良すぎるから警戒してしまう。
自分はそれなりに長く打ってきた。
パチンコにボーナスもギフトもなくて、ただ店に入って打つかどうか、それだけだった頃を普通に知ってる世代だ。
だから、オンラインカジノで「ボーナス」が当たり前みたいに並び始めたときも、正直ワクワクはしなかった。
どちらかというと、「ああ、こう来たか…」みたいな静かな警戒のほうが先に立った。