
今でも、ふっと恋しくなる音がある。
勝ったときの音ではない。いや、もちろんそれも覚えている。玉がざあっと払い出される、あの金属の雨みたいな音。周りの人に「この人、今ちょっと運に選ばれましたよ」と知らせてしまう、少し照れくさい音だ。忘れたと言えば嘘になる。私は僧侶ではない。僧侶でも、あれだけ派手に鳴ればたぶん覚えていると思う。
でも、私が本当に懐かしいのは、その少し前の音だ。
老いたパチンコ打ちの覚え書き

今でも、ふっと恋しくなる音がある。
勝ったときの音ではない。いや、もちろんそれも覚えている。玉がざあっと払い出される、あの金属の雨みたいな音。周りの人に「この人、今ちょっと運に選ばれましたよ」と知らせてしまう、少し照れくさい音だ。忘れたと言えば嘘になる。私は僧侶ではない。僧侶でも、あれだけ派手に鳴ればたぶん覚えていると思う。
でも、私が本当に懐かしいのは、その少し前の音だ。

初めてオンライン・パチンコを触った日のこと、いまだに妙に覚えてるんですよね。
たしか2000年代の初め頃。回線は遅いし、画面もシンプルというか味気ないし、演出もかなり控えめでした。
そのときの正直な感想は、「あ、これはこれで面白い。でも良くなったって感じじゃないな。ただ“別物”だな」っていう、ちょっと曖昧なものでした。
そこから20年以上。今はもう速いし派手だし、スマホ一つでどこでも打てる。
一方で、実店舗のホールは少し落ち着いたというか、場所によっては空席が目につくようにもなりました。
で、「結局どっちがいいの?」ってよく聞かれるんですが、毎回ちょっと間が空きます。
これ、優劣じゃないんですよね。単純に「自分が何を求めてるか」の話なんです。

最近、ちょっと引っかかってることがあって。
今のパチンコって、なんというか…音が消えた気がするんですよね。
もちろん光はすごいです。
派手に点滅するし、デジタル音声も賑やか。
でも――不思議と“響いてこない”。
自分が初めてパチンコ玉を打ったのは、1970年代の大阪でした。
あの頃はほとんどが機械式で。
正直、目を閉じててもホールの調子が分かったんですよ。