
今でも、ふっと恋しくなる音がある。
勝ったときの音ではない。いや、もちろんそれも覚えている。玉がざあっと払い出される、あの金属の雨みたいな音。周りの人に「この人、今ちょっと運に選ばれましたよ」と知らせてしまう、少し照れくさい音だ。忘れたと言えば嘘になる。私は僧侶ではない。僧侶でも、あれだけ派手に鳴ればたぶん覚えていると思う。
でも、私が本当に懐かしいのは、その少し前の音だ。
老いたパチンコ打ちの覚え書き

今でも、ふっと恋しくなる音がある。
勝ったときの音ではない。いや、もちろんそれも覚えている。玉がざあっと払い出される、あの金属の雨みたいな音。周りの人に「この人、今ちょっと運に選ばれましたよ」と知らせてしまう、少し照れくさい音だ。忘れたと言えば嘘になる。私は僧侶ではない。僧侶でも、あれだけ派手に鳴ればたぶん覚えていると思う。
でも、私が本当に懐かしいのは、その少し前の音だ。

これに気づいたのは、プレイヤーとして夢中になっていたときじゃなくて、少し引いた目で見ていたときだった。
場所は大阪でも神戸でもない。マカオのカジノだ。まだ妻に半ば呆れられていた頃、よく通っていた。とにかく騒がしい場所で、1970年代の難波のパチンコ店よりも、もっと派手で明るい。なのに、なぜか時間の感覚だけがぼやけていく。
例えが変かもしれないが、温かいお茶に長く浸した餅みたいな感じだ。形は崩れていくのに、中身はそのまま残っているような。
気づけば「ちょっとだけ」のつもりが、立ち上がる頃には脚は固まり、背中も少し文句を言っている。そして時計を見ると、3時間。長いと5時間なんてこともあった。
別に勝っていたわけでもないし、大負けしていたわけでもない。
ただ、座っていただけ。
これが偶然じゃないと分かるまで、正直かなり時間がかかった。

若い頃は、とにかく「できること」を増やしたくて仕方なかったんです。あれもこれも試して、少しでも上手くなりたくて。でも七十を過ぎてみると、逆でしたね。「やらないこと」を決めるほうが、よっぽど効く。
五十年以上、パチンコ台の前やマカオのテーブルに座ってきました。いい日もあれば、思い出したくない夜もある。その中で、別に頭が良くなったわけじゃないんです。ただ、自分のクセに気づいて、それを少し避けられるようになった。それだけです。
これは誰かに教えるためのものじゃありません。自分のためのメモみたいなものです。「もうこれはやらない」と決めたことの記録です。

「高くついた」って聞くと、だいたいみんなお金の話を思い浮かべるよね。
昔の自分も、まさにそうだった。
でも今になって思うと、一番代償が大きかったのはお金じゃなかった。
時間だったんだよね。
私はこれまで、「これで勝てる」と言われるシステムを本当にたくさん見てきました。
麻雀、ブラックジャック、バカラ、パチンコ……だいたい一通り。
紙に書かれたものもあれば、人づてに聞いた話もあるし、ネットの奥の方で見つけたものもあります。
正直に言うと——
中には、ちゃんと機能していたものもありました。
しかも、思っていたより長く続くこともある。
だからこそ、逆に信用していないんです。

――正直に言うと、この話って「受け入れるまで」が一番しんどいんですよね。
プレイヤーって、だいたいこう考えがちです。
カジノは賭け金を見てる、勝ち負けを見てる、って。
それ、完全に間違いではないです。
でも…そこが核心かというと、ちょっと違うんですよ。

— 静かなマカオのテーブルが教えてくれたこと
バカラって、昔からちょっと不思議なゲームだなと思ってる。

ルール自体は驚くほどシンプルだし、プレイヤーがやることもほとんどない。
それなのに、「バカラは分かってるよ」と自信たっぷりに話す人がやけに多い。
正直に言うと、ブラックジャックとはかなり長い付き合いです。
最初は大阪のパチンコ屋。そのあと80〜90年代のマカオのカジノ。で、今は気が向いたときにオンラインでも座ります。
若いころはね、けっこう真面目にやってましたよ。カードの流れを研究したり、確率表を暗記したり、戦略について人と議論したり。あの頃は「ちゃんとやれば勝てるゲームだ」と本気で思ってました。
でも、50年も続けてると、さすがに見え方が変わります。

今ははっきり言えます。
ブラックジャックって、カードのゲームじゃないです。
――そして、なぜ今の私は昔よりもずっと静かに運を見ているのか

二十歳のころ、運って「何かが起きること」だと思ってたんだよね。
四十になるころには、「これは技術でどうにかできる」と本気で考えてた。
で、七十になった今はどうかというと――ちょっと違う結論に落ち着いてる。
運って、頼んでもいないのに勝手に来て、勝手にいなくなる「状態」みたいなものなんじゃないか、って。
――本当に難しいのは、負けた後じゃなくて、勝っている最中の判断なんだよね

負けるのは、やっぱりきつい。
これはもう、七十年も生きてきてるのに、いまだに慣れない。胸にずしっと来る。
でも実際のところ、一番やっかいなのは勝ってるときにやめることなんだ。