
今でも、ふっと恋しくなる音がある。
勝ったときの音ではない。いや、もちろんそれも覚えている。玉がざあっと払い出される、あの金属の雨みたいな音。周りの人に「この人、今ちょっと運に選ばれましたよ」と知らせてしまう、少し照れくさい音だ。忘れたと言えば嘘になる。私は僧侶ではない。僧侶でも、あれだけ派手に鳴ればたぶん覚えていると思う。
でも、私が本当に懐かしいのは、その少し前の音だ。
老いたパチンコ打ちの覚え書き

今でも、ふっと恋しくなる音がある。
勝ったときの音ではない。いや、もちろんそれも覚えている。玉がざあっと払い出される、あの金属の雨みたいな音。周りの人に「この人、今ちょっと運に選ばれましたよ」と知らせてしまう、少し照れくさい音だ。忘れたと言えば嘘になる。私は僧侶ではない。僧侶でも、あれだけ派手に鳴ればたぶん覚えていると思う。
でも、私が本当に懐かしいのは、その少し前の音だ。

インターネットが生活に入り始めた頃、正直なところ、これが自分をまたカジノの世界に引き戻すなんて想像もしていませんでした。
2000年代の初めの話です。
動きは遅くて、どこかぎこちない。今みたいな派手なバナーもなければ、「今だけ」みたいな煽りもほとんどない。あの頃のオンラインカジノって、まだ試作品みたいな空気がありました。
それが今はどうか。
完全にひとつの産業です。速いし、スムーズだし、引っかかるところがほとんどない。
でも、長く付き合ってきて思うのは――
見た目は変わっても、中身はあまり変わっていないということです。
若い頃は大阪・難波でパチンコを打って、マカオではバカラのテーブルに立って、今は静かな部屋で画面を見ている。
場所はバラバラなのに、不思議と感じているものは似ているんですよね。
— 静かなマカオのテーブルが教えてくれたこと
バカラって、昔からちょっと不思議なゲームだなと思ってる。

ルール自体は驚くほどシンプルだし、プレイヤーがやることもほとんどない。
それなのに、「バカラは分かってるよ」と自信たっぷりに話す人がやけに多い。
正直に言うと、ブラックジャックとはかなり長い付き合いです。
最初は大阪のパチンコ屋。そのあと80〜90年代のマカオのカジノ。で、今は気が向いたときにオンラインでも座ります。
若いころはね、けっこう真面目にやってましたよ。カードの流れを研究したり、確率表を暗記したり、戦略について人と議論したり。あの頃は「ちゃんとやれば勝てるゲームだ」と本気で思ってました。
でも、50年も続けてると、さすがに見え方が変わります。

今ははっきり言えます。
ブラックジャックって、カードのゲームじゃないです。
――本当に難しいのは、負けた後じゃなくて、勝っている最中の判断なんだよね

負けるのは、やっぱりきつい。
これはもう、七十年も生きてきてるのに、いまだに慣れない。胸にずしっと来る。
でも実際のところ、一番やっかいなのは勝ってるときにやめることなんだ。
――そして、その気づきがどんな戦略よりも多くを守ってくれた理由

若いころの私は、「今日はツイていない」なんて言葉、正直ちょっと嫌いでした。負けたあとに言い訳として使うものだと思っていたんです。自分の判断ミスを認めたくない人が、最後に逃げ込む場所みたいな。
でもね、七十歳になった今は、見方がだいぶ変わりました。
「自分の日ではない」って、結果の話じゃないんですよ。状態なんです。しかも面白いことに、大きく崩れる前に、ちゃんとサインは出ている。見方さえ間違えなければ、気づけるものです。

もし、どこかで「これ、自分のことかも」と思ったなら——この文章はたぶん無駄じゃないです。
私はいま70歳。大阪・難波の川沿いを朝に少し歩いて、帰ってきたら盆栽に水をやる。夜は古いジャズ(60〜70年代ばかり)を流しながら、こうしてブログを書いています。
若いころはというと、1970年代の大阪や神戸のパチンコホールに入り浸っていました。煙のこもった小さな部屋で賭け麻雀もやっていましたし、80〜90年代にはマカオでバカラやブラックジャックのテーブルにも立っていました。
2000年代に入ってからはオンラインカジノを知って、「家にいながら回す時代か」と、少し驚いたのを覚えています。
よく「初心者がやりがちなミス」みたいな記事を見かけますよね。読むたびに、ちょっとだけ笑ってしまうんです。
別に内容が間違ってるわけじゃない。ただ、書いてる人が「自分がどうやって失敗してきたか」を、もう忘れてることが多いなと。
私は、残念ながら忘れていません。
むしろ同じこと、何十年も繰り返しました。
今日はその話です。教科書みたいな禁止事項ではなくて、単なる自分の記録です。

正直に言うと、「リスク」って言葉の意味をちゃんと理解する前に、私は麻雀を覚えていました。
場所は別に特別じゃないんです。カジノでもなければ、派手な場所でもない。ただの小さな部屋。煙草の煙が少しこもっていて、湯のみのお茶があって、ときどき誰かが日本酒を差し出してくる。そんな空間でした。
卓の上の牌よりも、むしろ人の顔を見ている時間のほうが長かった気がします。
あれは1970年代の大阪や神戸の話。まだ若くて、後に機械式パチンコにハマる前の頃です。
今思えば、あの頃の麻雀って「遊び」というより、ちょっとした人間観察のトレーニングみたいなものだったんですよね。
で、そこで最初に学んだこと。しかも一番大事なこと。
これ、ルールブックには載っていません。初心者講座でもまず出てこないです。カジノなんて、なおさら教えてくれません。

――「騙し」だから信用しない、という話ではないんだよね。むしろ逆で、出来が良すぎるから警戒してしまう。
自分はそれなりに長く打ってきた。
パチンコにボーナスもギフトもなくて、ただ店に入って打つかどうか、それだけだった頃を普通に知ってる世代だ。
だから、オンラインカジノで「ボーナス」が当たり前みたいに並び始めたときも、正直ワクワクはしなかった。
どちらかというと、「ああ、こう来たか…」みたいな静かな警戒のほうが先に立った。