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遊びの哲学

ギャンブルで「今日はやめたほうがいい」と判断するには、勝敗より何を見るべきか

今日は「自分の日ではない」とわかる瞬間

正しい選択を知りながら、別の選択をしたことがあります。ブラックジャックでのことです。

手札や結果を詳しく並べても、この話の中心は変わりません。私は知らなかったから間違えたのではない。正解を知っているだけでは、それを選べるとは限らなかった。あまり愉快な事実ではありませんが、この題を考える出発点にはなります。

「今日は自分の日ではない」と気づくのは、負けが続いたときではありません。自分が知っている基準よりも、直前の結果や、その場で作った理由を優先し始めたときです。次に何が起きるかは読めなくても、自分の決め方が変わったことなら確かめられます。

なぜ私はオンラインカジノのボーナスを信用しないのか――「得」の後ろにある条件

なぜ私はオンラインカジノのボーナスやキャンペーンを信用しないのか

「100%ボーナス」と書かれていると、目はまず増えた数字へ向かいます。私が気にするのは、そのあとに増える動詞のほうです。登録する。入金する。賭ける。続ける。期限までに条件を満たす。

普通の値引きなら、買わずに帰っても、すでに持っていたものを失った気分にはなりにくいでしょう。ところがボーナスは、画面に残高として現れた瞬間から、まだ自由に使える現金ではないものまで「自分が受け取ったお金」のように見せます。すると、参加するかどうかより、どうすれば失わずに済むかを考え始める。

オンライン・パチンコ vs 実店舗――便利さが、そっと奪っていったもの

オンライン・パチンコ vs 実店舗――便利さが、そっと奪っていったもの

初めてオンライン・パチンコを触った日のこと、いまだに妙に覚えてるんですよね。
たしか2000年代の初め頃。回線は遅いし、画面もシンプルというか味気ないし、演出もかなり控えめでした。

そのときの正直な感想は、「あ、これはこれで面白い。でも良くなったって感じじゃないな。ただ“別物”だな」っていう、ちょっと曖昧なものでした。

そこから20年以上。今はもう速いし派手だし、スマホ一つでどこでも打てる。
一方で、実店舗のホールは少し落ち着いたというか、場所によっては空席が目につくようにもなりました。

で、「結局どっちがいいの?」ってよく聞かれるんですが、毎回ちょっと間が空きます。
これ、優劣じゃないんですよね。単純に「自分が何を求めてるか」の話なんです。

パチンコ――昔と今、私たちが失ったもの

Pachinko - Then and Now

最近、ちょっと引っかかってることがあって。
今のパチンコって、なんというか…音が消えた気がするんですよね。

もちろん光はすごいです。
派手に点滅するし、デジタル音声も賑やか。
でも――不思議と“響いてこない”。

自分が初めてパチンコ玉を打ったのは、1970年代の大阪でした。
あの頃はほとんどが機械式で。
正直、目を閉じててもホールの調子が分かったんですよ。