
ブラックジャックの基本戦略を覚え始めた人が、いちばん戸惑うのは表の読み方ではないと思います。表どおりに動いて負けたあと、それでもその判断を正しかったと考えられるかどうかです。
ヒットと示された場面でカードを引き、10点札が来てバストする。次のハンドでは、基本戦略から外れたスタンドがディーラーのバストに救われる。結果だけを見れば、前者には×、後者には○を付けたくなります。
収支の記録としては、それで正しい。しかし、判断の採点まで同じ記号で済ませると、ブラックジャックから間違ったことを学びます。
「最善」は「勝てる」と同じではない
基本戦略が比べているのは、自分の手札、ディーラーのアップカード、テーブルのルールが分かっている時点で選べる行動です。ヒット、スタンド、ダブルダウン、スプリット、利用できるならサレンダー。それぞれを同じ条件で繰り返したと仮定し、平均的な増減、つまり期待値を比べます。
ここで少し言葉が紛らわしくなります。「最善の行動」と聞くと、利益を生む行動のように思えるからです。実際には、不利な手ではどの選択肢を取っても期待値がマイナスということがあります。その場合の最善とは、勝ちを約束する選択ではなく、長く繰り返したときの損失がほかより小さい選択です。
ブラックジャックの戦略を早い時期に数学的に整理した研究として、Roger R. Baldwin、Wilbert E. Cantey、Herbert Maisel、James P. McDermottによる1956年の「The Optimum Strategy in Blackjack」があります。そこで扱われた具体的なルールを、現在のどのテーブルにもそのまま当てはめられるわけではありません。ただ、可能な行動を期待値で比較するという基本戦略の考え方は、ここにはっきり示されています。
基本戦略表が一枚の万能表ではないことにも注意が要ります。デッキ数、ディーラーがソフト17でヒットするかスタンドするか、スプリット後のダブルやサレンダーが認められているかによって、一部の判断は変わります。用語やルールの違いから確認したい場合は、ブラックジャックの基本ルールをまとめた記事を先に読むと分かりやすいでしょう。
つまり、表が正しいのは前提が合っているときだけです。そして前提が合っていても、表は次の一枚を言い当てません。基本戦略表は予言書ではありませんし、負けたときの保証書でもありません。
結果を知ると、判断した時点の景色が消える
カードが開かれたあとには、「あそこで引かなければバストしなかった」「別の選択ならよかった」と考えたくなります。少なくとも、実際に引いた一枚はもう見えているからです。ただし、選ばなかった行動の先で何が起きたかは、確認できない場合もあります。
しかし、それは判断した時点では持っていなかった情報を使った説明です。未来のカードを見た自分が、未来を見られなかった過去の自分を採点している。これでは、過去の自分は少々分が悪い。
結果によって判断の評価まで変わる傾向は、心理学では結果バイアスと呼ばれます。1988年の研究をもとに行われた2023年の事前登録された追試でも、同じ内容の判断は、失敗に終わった場合より成功した場合のほうが高く評価されました。
この追試が扱ったのは医療上の判断で、ブラックジャックのプレイヤーを調べたものではありません。ですから、研究結果をそのままテーブルへ移すことはできません。それでも、結果を知ったあとに同じ判断が別物に見えるという構造は、カードを振り返るときにも無視しにくいものです。
負けた正解は不快です。ただ、少なくとも基準を壊す理由にはなりません。むしろ扱いが難しいのは、勝った間違いのほうです。一度うまくいくと、「表にはない何かを読めた」と考えたくなる。偶然の一勝が、次に同じ逸脱を繰り返す根拠へ変わります。
基本戦略を外れて勝ったことは、勝ったという事実です。喜ぶことまで禁止する必要はありません。ただし、その結果は、見えていた情報に対して選択が妥当だったことの証明にはなりません。運のよい間違いは、正しい顔をして戻ってくるので厄介なのです。
振り返るときは、結果を最後に見る
一つのハンドを見直すなら、カードが開いた順に思い出すより、判断した時点まで情報を戻したほうが役に立ちます。
最初に記録するのは、デッキ数やソフト17などのテーブル条件、自分の手札、ディーラーのアップカード、そして実際に選んだ行動です。勝ち、負け、プッシュと収支は、少し離れた欄に書いておきます。
見直すときには、まず結果の欄を隠します。そのテーブルに合う基本戦略と照らし合わせ、選択が妥当だったかを先に確かめる。結果を見るのは、そのあとです。
戦略どおりにヒットしてバストしたなら、「判断は妥当、収支は負け」となります。戦略から外れたスタンドで勝ったなら、「判断は要確認、収支は勝ち」です。負けを勝ちと言い換える方法ではありません。収支と判断に、別々の帳簿を用意するだけです。
見直す価値があるのは、前提や選択に誤りが見つかったときです。違うルール用の表を使っていた。ソフトハンドとハードハンドを取り違えた。サレンダーの有無を確認していなかった。こうした点なら、次の判断で直せます。
一方、「正しい選択のあとに悪いカードが来た」は、戦略を変更する情報ではありません。何度か続けば気持ちは揺れますが、連敗だけでは、どの前提をどう直すべきかは分からないからです。
基本戦略にも管轄外がある
私が基本戦略を尊重しているのは、感情がその場に都合のよい理由を作り始めても、判断の形を一定に保ちやすいからです。ただし、その役目はハンドの中に限られます。
基本戦略は、どのテーブルに座るか、いくら賭けるか、何時に終えるかを決めません。戦略どおりにプレイしていることは、長く続けてもよい理由にもなりません。不利な選択による期待損失を抑えられても、参加する回数を増やせば、賭けにさらす金額と時間は増えていきます。
ここを混ぜると、「正しく打っているのだから大丈夫」という妙な許可が生まれます。カードについての判断が妥当でも、遊びを続ける判断まで妥当とは限りません。表の守備範囲を知ることも、表を正しく使ううちに入ります。
ブラックジャックでは、よい判断が負けることも、悪い判断が勝つこともあります。それは基本戦略の矛盾ではありません。一回の結果と、同じ条件を重ねたときの比較が別のものだからです。
負けたら、負けと記録する。ただ、その横にある判断まで、結果だけを理由に×へ書き換えない。勝ったときも同じです。
カードは毎回、勝敗を出します。判断の通知表までは書いてくれません。その採点を急がないことが、基本戦略を覚えるのと同じくらい大切だと私は考えています。