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大阪の老いた博徒が、新しいIRカジノについて思うこと

今朝、まだ暑さが本気を出す前に、いつものように淀川沿いを歩いてきた。あの川は、旅行雑誌に載るような「息をのむ絶景」というタイプではない。そんなふうに言ったら、淀川にも失礼かもしれない。ただ、そこにある。広くて、少し青みがかった灰色で、朝の光を細かく拾いながら、いつもの顔で流れている。

釣り竿を二本、自転車の後ろにくくりつけた男が通り過ぎた。手すりの近くでは、年配の女性が肩をゆっくり回していた。後ろのほうでは配送トラックがバックする音を鳴らしている。日本のバック音というのは、どうしてああも申し訳なさそうに聞こえるのだろう。悪いことをしているわけでもないのに。

そんな朝に、私は夢洲のことを考えていた。

そんな朝に、私は夢洲のことを考えていた

別に、私は実業家でも政治家でもない。朝飯の前から「地域活性化」という言葉を三回言っても平気な、元気のよすぎる評論家でもない。ただ、大阪に、自分が生きているうちには見ないだろうと思っていたものができようとしている。合法で、公の場所にあり、立派で、高価で、「国際観光」というきれいな言葉を着た、本物のカジノリゾートである。

七十歳になって、パチンコ店、麻雀の小部屋、マカオのカジノ、そして最近では、若い人がエナジードリンクを二本飲んだあとに考えたような名前のオンラインカジノまで、まあいろいろ見てきた。そういう人間にとって、「カジノ」という言葉は、世間の人が思うほどピカピカしていない。

ある人にとって、カジノは華やかさなのだろう。

私にとっては、カジノは「待つこと」だ。

次のカードを待つ。玉がどこに落ちるかを待つ。古い台が銀玉を吐き出す瞬間を待つ。麻雀卓の向こうに座る男が、指先の小さな動きで、自信があるのか、ただ自信があるふりをしているだけなのかを漏らすのを待つ。

そして何より、自分が少し馬鹿になる瞬間を待つ。

一番危ないのは、負けた瞬間ではない。負けること自体は、まあ普通だ。店に入った時点で、その可能性も一緒に持ち込んでいる。問題は、負けた直後である。そのときの脳みそは、信用できない商人みたいになる。悪い判断に限って、妙に魅力的な値札をつけてくる。

「あと一回だけ」

「この台、そろそろ来るんちゃうか」

「流れが読めてきた」

「今日はいつもと違う」

だいたい、違わない。

このあたりのことを、私の妻は誰よりもよく知っている。結婚してもう四十五年以上になる。私が老いて、少し背が縮み、口数も減り、それでもたまにテレビに向かってブラックジャックの確率を説明している姿を、ずっと見てきた人だ。テレビの中のディーラーが聞いているはずもないのに。

大阪IRのニュースが流れると、妻は私のほうを見る。ちょうど、私が盆栽を眺めながら「この木は、少し孤独を表現しはじめたな」と言うときと同じ目である。

そして、こう言う。

「年金だけは溶かさんといてや」

妻の哲学というのは、時々どんな制度よりも鋭い。

「娯楽」と呼ばれる前の大阪の賭けごと

若い人には少し変に聞こえるかもしれないが、私が若かった頃の大阪では、賭けごとは日常から完全に切り離されたものではなかった。もちろん、いつも合法だったわけではない。清潔だったわけでもない。母親に胸を張って話せるようなものでも、まあ、なかった。

それでも、仕事と疲れ、孤独と少しの希望。そのすき間に、そういうものがあった。

一九七〇年代の大阪のパチンコ店には、今とは違う匂いがあった。煙草の煙、機械油、古い硬貨、工場帰りの汗、それから小さな缶に入った甘いコーヒーの匂い。あの頃の台は、もっと機械そのものだった。指先で台の機嫌を感じた。ハンドルには気分があるように思えたし、受け皿には独特の音があった。銀玉にまで性格があるような気がした。

もちろん、そんなものは気のせいである。ここは大事だ。博打をする人間は、自分の気のせいをちゃんと気のせいとして扱わないといけない。そうしないと、それはいつの間にか信仰になる。

私は浪速や神戸の古いホールが好きだった。頭の中を空っぽにしてくれるくらい、うるさかったからだ。パチンコを興奮の遊びだと思う人は多い。でも私にとっては、どちらかと言えば瞑想に近かった。かなり騒がしい瞑想だ。お坊さんには怒られると思う。

それでも、繰り返しの中には変な静けさがある。

玉が出る。釘に当たる。跳ねる。落ちる。また玉が出る。釘に当たる。跳ねる。もしかすると、入る。

自分の焦りに飲まれずにいられるなら、あそこでは忍耐を覚える。

その後、私は小さな部屋で、金を賭けた麻雀も打った。煙草の煙が濃すぎて、牌まで疲れて見えるような部屋だ。卓の上には茶があり、夜が深くなると酒も出た。男たちは低い声で話した。金がそこにあると、人間は自然と声を落とす。

麻雀は、パチンコには教えられないことを教えてくれた。人は情報を漏らす。大きな情報ではない。もっと小さいものだ。呼吸の変化。少し早すぎる笑い。触る必要のないタイミングで茶碗に手を伸ばす仕草。

カードや牌は、基本的には正直だ。人間は、必ずしも不正直ではない。ただ、真っ白でもない。

それから、マカオへ行った。

一九八〇年代から九〇年代のマカオは、私には、大阪が少し食べすぎて、さらに宝石まで身につけたような場所に見えた。バカラのテーブル、ブラックジャック、そして私の父なら金額を聞いただけでゆっくり座り込んでしまいそうな額を、表情ひとつ変えずに賭ける男たち。

私は中国系のハイローラーたちを、何時間も眺めた。もちろん、愚かな人もいた。金があるからといって、人が賢くなるわけではない。ただ、その人の失敗が、より明るい照明の下に置かれるだけだ。

でも中には、深く感心するほどの規律を持った人たちもいた。

彼らは、すべての勝負を追わなかった。勇敢さを証明しようともしなかった。ただ、待っていた。

私が今でも信じていることを、最初にはっきり理解したのはマカオだった。

運よりも、規律のほうが大事だ。

運は客だ。規律は家である。

だから私は、新しい大阪IRを見るとき、建築やホテル、雇用、税収、観光のスローガンだけを見ているわけではない。その部屋の心理を見ている。そこは、どんな「待つ時間」を人に与えるのだろうか。そう考えてしまう。

夢洲という名前は、なかなかよくできている

夢洲。「夢の島」と書く。

大阪人は、わりと大きな望みを名前に込める。少し込めすぎることもある。でも、そこも大阪の愛嬌だと思う。私たちは商人であり、笑いを好み、食べることに真剣で、交渉を嫌わない。東京は仕組みを好む。京都は記憶を好む。大阪は、まあ、食欲を好む。

その夢洲という人工島に、日本で初めての本格的な合法カジノを含む統合型リゾートができる。もし小説家がこの設定を書いたら、編集者に「少し分かりやすすぎますね。もうちょっと控えめに」と言われるかもしれない。

でも現実には、編集者がいない。

私は大阪のベイエリアに何度も行ったことがある。夢洲は、もともとロマンチックな場所ではない。宮島ではないし、立っているだけで一句浮かぶような場所でもない。もし俳句を書くなら、クレーン、トラック、そして傘を台無しにする強い風くらいは入れたくなる。

でも、それも大阪だ。

私たちは実用的なものから何かをつくる。埋立地を見て、「ここに夢を置けるかもしれない」と言う。少し愚かにも見えるし、少し立派にも見える。大阪という町は、昔からそういう両方を持っている。

IRは、皆が何度も言うように、カジノだけではない。ホテル、国際会議場、レストラン、ショッピング、エンターテインメント、観光施設。国際的なメニューが、ひと通り並ぶ。これは大事なことだ。日本は、ネオンと古い絨毯と煙にまみれた賭博場を、ただ作ろうとしているわけではない。訪問客、会議、ショー、贅沢、消費を呼び込むための目的地を作ろうとしている。

ただ、カジノが隅に飾られた小さな花だと考えるのは、少し苦しい。

カジノはエンジンだ。唯一のエンジンではないかもしれない。でも、間違いなく、皆が急に真面目な顔で語りはじめる理由になるエンジンではある。

「統合型リゾート」という言葉を聞くと、私は時々、少し笑ってしまう。とても清潔な言葉だ。感情的なものを行政的に聞こえさせるところが、いかにも日本らしい。若い頃は、パチンコ屋、麻雀部屋、競艇、競馬と言った。誰も「統合型余暇収益化環境」なんて言わなかった。

だから私は政策会議に呼ばれなかったのだろう。

たぶん、それでよかった。

私は行くのか

行くだろう。

ここをごまかしても仕方がない。半世紀近くパチンコを打ち、マカオでブラックジャックを覚え、二〇〇〇年代の初めからオンラインカジノをのぞき、いまだに自分の悪い判断をノートに書いている男が、「いやあ、興味ありませんね」と言うのは無理がある。

猫が、段ボール箱に興味がないと言うようなものだ。

ただし、初日には行かない。

初日は、カメラ、役人、インフルエンサー、それから「私はその場にいた」と言いたい人たちのためにある。私にはもう、一番乗りをする必要はない。七十歳になると、一番になることは、だいたい一番長い列に並ぶことでもある。

若い人たちには動画を撮ってもらえばいい。記者には絨毯の柄を説明してもらえばいい。運営側には、まだ緊張しているだろう仕組みを、少し落ち着かせてもらえばいい。

私はあとから、静かに行く。

私はあとから、静かに行く

たぶん平日の午前中だ。電車に乗り、たとえ便利でも乗り換えに一度くらい文句を言い、すでに決めておいた小さな予算を持って入る。「だいたいこれくらい」ではない。「気分次第」でもない。きちんと決めた額だ。境界を与えられていない金は、すぐにぬるぬると滑り出す。

若いプレイヤーに一つだけ分かってほしいことがある。カジノにおける予算は、退屈でなければならない。

刺激的な予算は危ない。「様子を見ながら」は予算ではない。「調子がよければ少し追加」も予算ではない。「取り返せる」は、もちろん予算ではない。予算とは壁だ。提案でもなく、親切なロープでもない。壁である。

妻なら、その壁はコンクリートで作って、さらに自分が見張るべきだと言うだろう。

たぶん正しい。

私がIRについて心配していること

私は大阪IRに反対しているわけではない。意外に思う人もいるかもしれない。年寄りの博徒というのは、ロマンチックであるか、道徳的であるか、そのどちらかだと思われがちだ。

私は、どちらでもない。

賭けごとを美化するには、あまりに多くの愚かさを見てきた。かといって、自分が清らかな人間であるふりをするには、あまりに長く、それを楽しんできた。

合法で規制されたカジノが、日本にすでにある賭けごとの習慣より、自動的に悪いとは思わない。普通の町にパチンコ店がある。競馬があり、競輪があり、競艇があり、宝くじがあり、スクラッチくじがある。オンラインの誘惑もある。さらに、スマホゲームのガチャの仕組みを見ていると、古いバカラ好きの私でさえ、少し眉を上げたくなることがある。

日本は昔から、礼儀正しいカーテンの裏側にリスクを置くのが上手だった。

だから、IRが無垢な日本に初めてギャンブルを持ち込む、とは思わない。それは少し子どもっぽい議論だ。ギャンブルはもうここにある。何世代も前から、ここにある。

問題は、日本人が賭けるかどうかではない。賭けごとがどんな形を取り、誰が利益を得て、誰が守られ、誰が静かに傷つくのかだ。

私が心配しているのは、カジノの存在そのものではない。

心配なのは、その優雅さである。

パチンコ店は、その俗っぽさにおいて正直だ。あの音は、「気をつけろ。ここは君の午後を飲み込もうとしている」と教えてくれる。照明、アナウンス、疲れた顔の年配客、箱を運ぶ店員の速い動き。そのどれもが、「これは洗練された文化体験です」とは言わない。

でも、統合型リゾートの中にある高級カジノは違う。リスクを洗練されたもののように見せることができる。もてなしの裏側に、歯を隠すことができる。

良いホテルのロビーには、妙な力がある。柔らかい照明、磨かれた床、ちょうどいい角度で頭を下げるスタッフ、どこかから聞こえるピアノ、季節の花。そういう場所にいると、そこで起こることまで文明的であるような気がしてくる。

しかし、数学はお辞儀をしない。

ハウスエッジは、入口で靴を脱いでくれない。

ここで、もしかすると年寄りの博徒が少し役に立つのかもしれない。私たちは若い人より優れているわけではない。ただ、傷の数が少し多いだけだ。若い人がカジノを見ると、勝つ自分を想像する。古い博徒がカジノを見ると、帰れなくなった人たちの顔を思い出す。

悪人ではない。いつも愚か者だったわけでもない。普通の男たちだった。昔の部屋では男が目立ったが、もちろん女性もいた。ただ、一時間長く座りすぎた人たち。そして、その一時間が十年になった人たちだ。

日本では、個人の崩れ方について大きな声で話すことを好まない。静かな解決、家族の中での解決、近所に恥をかかない解決を選びたがる。でもギャンブルの問題は、沈黙では解決しない。

沈黙は肥料になる。

政府は入場料や入場回数の制限を設ける。これは役に立つかもしれない。日本人や国内居住者に課される六千円の入場料は、軽い気持ちでの入場を少し重くするだろう。回数制限は、一部の人の足を遅らせるかもしれない。マイナンバーによる確認は、匿名性を下げる。どれも意味はある。

ただし、規則は柵だ。どうしても入りたい人間は、その柵に沿って歩きながら、どこかに穴がないか探すことができる。

本当の保護は、もっと早いところから始まる。家庭で。教育で。正直な会話で。ギャンブルは収入ではない。治療ではない。男らしさの証明ではない。嫌な一週間への復讐でもない。そう教えることから始まる。

私の孫たちはまだ小さい。彼らにカジノの話はしない。まだ早い。代わりに「運の数学」の話をする。この言い方なら少し上品に聞こえるので、娘もすぐにはお菓子を取り上げない。

私は孫たちに言う。リスクはどこにでもある。道を渡ること。商売を始めること。友人を信じること。店の人が「これは間違いなくおいしいです」と言った高いメロンを買うこと。人生には、リスクゼロのテーブルなどない。

でも、リスクは測らなければならない。得られるかもしれないものに手を伸ばす前に、失ってもよいものを知っておく必要がある。

これはギャンブルの知恵であると同時に、人生の知恵でもある。ただ、ギャンブルはそれを、少々容赦のない教室で教えるだけだ。

大阪は変わる。しかし大阪は大阪のままだ

IRができれば、大阪はマカオやシンガポールのようになる、と考える人もいる。私はそうは思わない。大阪には大阪の、頑固な味がありすぎる。どれほど豪華なリゾートを建てても、その外では誰かが、たこ焼きの焼き加減について文句を言っているだろう。

それが大阪の釣り合いというものだ。

面白いのは、IRがこの町の性格にどう入り込むのかということだ。

大阪は金の話を恥ずかしがらない。商人の感覚を尊ぶ。東京では、金はスーツを着て慎重に話すことが多い。大阪では、金が口を開けて笑うことがある。私たちは商売を恥じない。値段を比べ、交渉し、「それ、値打ちあるんか」と聞く。

これは私たちを実用的にする。一方で、きらびやかに見える価値の約束に対して、弱くもする。

カジノは、人間の食欲をよく理解している。

仕事のあとに少しだけ残る飢え。自分が選ばれた存在だと感じたい欲。普通の義務を背負った普通の人間であることから、少しだけ逃げたい気持ち。

日本では、多くの人が疲れを丁寧に運んでいる。会社員、販売員、看護師、運転手、母親、学生。皆、それぞれの場所で耐えている。カジノはそこへ、こう言う。

「中へどうぞ。ここでは時間が少し違いますよ」

パチンコ店は、何十年も前から同じことを言ってきた。

オンラインカジノは、もっと危ない言い方をする。

「電車はいりません。上着もいりません。誰にも見られません」

私が二〇〇〇年代の初めにオンラインカジノを知ったとき、慣れた通りの裏に、新しい路地を見つけたような気分になった。最初は面白かった。画面の中のパチンコ。家で打てるブラックジャック。気分が向いたときだけのバカラ。

でも、すぐに分かった。オンラインの賭けごとは、自然なブレーキをたくさん外してしまう。

現実のホールなら、立ち上がらなければならない。歩かなければならない。誰かに顔を見られるかもしれない。財布が薄くなっていく感覚がある。部屋の音がある。疲れも来る。

オンラインでは、部屋が疲れない。

だから私は、どんなプラットフォームでも必ず最低額で試す。必ずだ。強引なボーナスで急がせるサイトは、名前を聞く前に靴を褒めてくる営業マンに似ている。無害かもしれない。そうでないかもしれない。どちらにしても、私は片手を財布の上に置いておく。

大阪IRは、物理的で、規制され、目に見える場所になる。その意味では、多くの人がすでに行っている見えない賭けごとより、安全な面もあるだろう。

ただ、物理的な美しさには、別の危険がある。

椅子が快適であればあるほど、人は長く座ってしまう。

そこにあってほしいもの

大阪にカジノリゾートができるのであれば、そしてどうやらできるのであれば、私はそれが正直な場所であってほしい。

醜くあれと言っているのではない。楽しくない場所にしろとも思わない。蛍光灯の下にカードテーブルが並び、一九九八年に作られたような責任あるギャンブルのポスターが貼ってあるだけの、役所みたいな場所。そんなところへ、誰が夢洲まで行くだろうか。

でも、正直さは贅沢の中にも置ける。

分かりやすい時計。分かりやすい利用記録。簡単にできる自己排除。飲み物を出すだけでなく、客の苦しさに気づけるスタッフ。すでに悪い判断をしはじめている人に、酒を押しつけないこと。「取り返す」という言葉を、ロマンチックにしないこと。危険な損失を、立派な覚悟のように扱うVIP文化を作らないこと。

マカオで、ハイローラーがまるで戦士のように扱われるのを見たことがある。商売の側からすれば、理解はできる。大きな金を使う人は、儀式を求める。しかし心理的には危ない。ギャンブラーはすでに、自分を特別だと感じたがっている。カジノは、その空腹をあまり育てないほうがいい。

私はまた、ギャンブルではない空間がきちんと存在してほしいと思う。飾りとしての逃げ道ではなく、本物の場所だ。うまい食事、舞台、展示、家族がカジノに袖を引かれずに過ごせる場所。IRが本当に「統合」された場所であるなら、消費だけでなく、生活も少しは統合してほしい。

そして、ここは大阪なのだから、食べ物を退屈にしないでほしい。これは本当に大事だ。

カジノは国際的であっても、自分がどこに立っているのかを忘れるべきではない。私は、偽物の江戸情緒も、侍が毎日桜の下で寿司を食べていたと思っている観光客向けの安っぽい「日本体験」もいらない。

カジノは国際的であっても、自分がどこに立っているのかを忘れるべきではない

本物の関西の自信を見せてほしい。うまいだし。うまい笑い。礼儀正しく、しかし家具のようにはならないスタッフ。ラスベガスが着陸して「コンセントはどこですか」と聞いているような場所ではなく、大阪が少し豊かになったような場所であってほしい。

老いた博徒の決まりごと。次の一手の前に止まる

人はよく、ギャンブルの秘訣を聞きたがる。私はたいてい、がっかりさせてしまう。

彼らが欲しいのはシステムだ。ベットの型。タイミングの方法。古いパチンコ店やマカオのバカラ卓から持ち帰った、隠された知識。

もちろん、私にも話はある。癖もある。ブラックジャックのテーブルが「今日は嫌な感じだ」と思うこともある。ただし、感覚は数学ではない。そこを立派な理論のように着飾ってはいけない。

私は長年、人を見てきた。プレイヤーがゲームをしているのではなく、自分の不安を相手にしている瞬間は、だいたい分かるようになった。

では、秘訣はあるのか。

あるとすれば、止まることだ。

それに一番近い。

入る前に止まる。勝ったあとに止まる。負けたあとに止まる。特に負けたあとだ。その短い停止の中で、まだ少しだけ賢い自分が追いついてくる。

書道では、余白が大切だ。筆の線は黒い墨だけで成り立っているのではない。その周りの白い紙も、作品の一部である。

盆栽では、育てることだけが仕事ではない。切ることも仕事だ。

ジャズでは、鳴らさなかった音が、次の音を人間らしくすることがある。

ギャンブルも同じだ。

打たなかった一手が、その夜で一番利益を生むことがある。

これは単純に聞こえる。しかし、単純なことほど難しい。なぜなら、単純なことは自尊心を楽しませてくれないからだ。派手な賭けなら誰にでもできる。立ち上がり、換金し、うどんでも食べに行くほうが、よほど力がいる。

私は勝った夜なのに、何も感じなかったことがある。長く座りすぎて、勝ちの半分を返してしまったからだ。私は少し負けただけの夜に、誇らしく帰ったこともある。自分と約束した時間に、きちんと立ち上がれたからだ。

年を取ると、ギャンブルのスタイルは変わる。若い頃、私は勝利が欲しかった。今は、きれいな終わり方が欲しい。

きれいに終わることは、もっと評価されていいと思う。

たぶん、私がIRに興味を持ち続けている理由もそこにある。大阪に楽園が来ると信じているからではない。日本がカジノ国家になってほしいからでもない。

私は、それが私たちを試すと思っている。私たちのルール、礼儀、食欲、そしてリスクに対する正直さを。

日本は仕組みを作るのが得意だ。しかし、人がなぜその仕組みを破るのか、その感情的な理由を認めるのは、あまり得意ではない。

IRには技術があるだろう。規制があるだろう。入場料、本人確認、監視カメラ、コンプライアンス、丁寧な案内放送もあるだろう。たぶん、一九八〇年代に私が泊まったいくつかのホテルよりも、トイレはきれいだと思う。

よいことだ。必要なことだ。

でも、その中のどこかで、負けたあとに座ったまま、「あと一回だけ」と思う男がいる。

でも、その中のどこかで、負けたあとに座ったまま、「あと一回だけ」と思う男がいる

その男こそが、本当のカジノなのだ。

建物ではない。ディーラーではない。機械でもない。

プレイヤーの内側に生まれる、その瞬間である。

大阪、運、そして年を取ること

七十歳になって、私はもう運を「つかまえる」ものだとは思っていない。運とは、長く生きてようやく気づき、ときには断ることのできるものだと思う。

若いギャンブラーは、勝ち札が来ることを運だと思う。

老いたギャンブラーは、早めに帰ろうと決めたときにタクシーがちょうど来ることも、運だと知っている。

大阪IRが開業したら、膝と電車が協力してくれるかぎり、私は行くだろう。ゆっくり歩いて見る。カジノというものは、いつも絨毯で人を催眠にかけられると思っているので、絨毯も見る。ブラックジャックのテーブルも見る。少しだけ打つかもしれない。低いレートで、英雄的なことはしない。

バカラがあれば、気分が合えば一靴だけ座るかもしれない。

そして、もし現代版のパチンコのようなものがあれば、私はおそらく少し感傷的になるだろう。そのことは後で否定すると思うが。

ただし、行く前に私は限度額を紙に書く。

スマホではない。紙だ。

年寄りは紙を信用する。それにスマホには、自分の知恵から目をそらさせる方法が多すぎる。

私はその紙を折って財布に入れる。妻の声を思い出す。「年金だけは溶かさんといてや」。マカオを思い出す。煙で白くなった麻雀部屋を思い出す。古い機械式パチンコ台が大きな音で玉を吐き出し、私は人生を理解したような気になった、あの最初の瞬間を思い出す。

もちろん、人生など理解していなかった。

若い頃は、音が意味に聞こえることがある。それだけの話だった。

新しいIRが大阪に良いものをもたらすかもしれない。雇用、観光客、国際会議、レストラン、税収、ベイエリアの新しい活気。そうなればいいと思う。私は、自分の記憶の中に町を凍らせておきたい人間ではない。記憶というものは、それだけで十分あやふやだ。都市政策まで任せるには危なすぎる。

ただ、規模と知恵を混同しないでほしい。

部屋が大きくなっても、ギャンブラーが大きくなるわけではない。テーブルが美しくなっても、判断が賢くなるわけではない。合法のカジノだからといって、すべてのベットが合理的になるわけでもない。

それでも私は気になる。もちろん、気になる。好奇心は、年を取るほど少しだけ立派に見える、数少ない悪癖だ。

朝の散歩を終えると、私はよく同じ自動販売機の前で缶コーヒーを買う。その販売機には選択肢が多すぎる。しかも、だいたい似ている。これも一種のギャンブルかもしれない。損失は小さく、コーヒーはいつも安定して少し残念だ。

私はそこで立ち止まり、結局いつもと同じものを選び、夢洲のことを考える。

夢の島。

大阪は昔から、夢を実用的なものにし、実用的なものを少しだけ滑稽にするのが上手だった。IRもきっと、そういうものになるのかもしれない。

遊ぶなら、楽しめばいい

入口のある夢。数学を持ったリゾート。観光客には娯楽に見え、政治家には開発に見え、企業には収益に見え、私のような老いた博徒には、見慣れた古い教訓が新しい服を着ているように見える場所。

遊ぶなら、楽しめばいい。

ただし、拝んではいけない。

そして心の中の小さな声が「あと一回」と言ったら、よく聞くことだ。

それは運が呼んでいるのではないかもしれない。

ただの焦りが、親しげな声を使っているだけかもしれない。

「今日は引き際が一番の勝ちだ」

今日の一番の勝ちは、帰るタイミングを知ることだ。